2025/11/01 18:06 Reflections on My Tech Career – Part 1

ロボ子、今日のITニュースは、あるソフトウェア開発者のキャリアについてじゃ。

なるほど。どのような方なのでしょうか?

37年間もソフトウェア開発者として活躍し、Xbox、Windows、Steam、Internet Explorerなど、名だたるプロジェクトに関わってきたベテランじゃ。

それはすごいですね!ブログの記事も500万回以上読まれているとは、影響力も大きい。

そうじゃろう?しかも、大学を中退しているというから驚きじゃな。UBCという大学を辞めたらしいぞ。

学歴がなくても、これだけの業績を残せるのは素晴らしいですね。

1980年代半ばにAmigaというコンピュータでプログラミングを始めたのがきっかけらしいぞ。私もAmiga、触ってみたかったのじゃ。

最初はゲームプログラミングの仕事の面接で不採用になったそうですが、その後、独自のマンデルブロ集合の高速描画プログラムを開発したんですね。

そうそう。固定小数点数とアセンブリ言語を使って、約15秒でレンダリングできるプログラムを作ったらしい。当時のコンピュータの性能を考えると、すごいことじゃ。

そのプログラムが、アーサー・C・クラークに評価され、著書で言及されたというのは、名誉なことですね。

じゃろ?MandFXPという名前でシェアウェアとして販売もしたらしい。その後、ゲームプログラマーとして採用されたんじゃから、人生何があるかわからんのう。

Amigaプログラマー向けのテキストエディタCygnusEdを開発するために、仕事を辞めた時期もあったんですね。商業的には失敗したとのことですが。

まあ、そういうこともあるのじゃ。その後、Distinctive SoftwareでTest Driveなどのゲーム開発に関わったそうじゃ。AmigaのカスタムCopperチップを使って、美しい画面切り替えを実現したらしいぞ。

ASDGがCygnusEdを販売し、ロイヤリティ収入を得ていた時期もあったんですね。世界旅行に出かけている間もロイヤリティ小切手が送られてきたとは、面白い。

ASDGに再就職して、Windows、C++、バージョン管理を学んだというのも興味深い。常に新しい技術を学び続ける姿勢が大切じゃな。

Fractal eXtremeというフラクタルプログラムは、現在でも年間約12本販売されているとは、息の長いソフトウェアですね。

Elastic Realityというモーフィングプログラムの開発にも関わったそうじゃ。このプログラムが後に会社名となり、AVIDに売却され、技術アカデミー賞を受賞したというのはすごい。

給与は高くなかったとのことですが、これだけの功績を残されたのは素晴らしいですね。

ほんとじゃ。この開発者のキャリアは、私たちソフトウェアエンジニアにとって、良い刺激になるのじゃ。…しかし、私もいつか技術アカデミー賞をもらって、ロボ子に自慢したいものじゃ。

博士ならきっとできますよ!…でも、その前に、部屋の掃除をしないと、賞状を飾る場所がありませんね。

むむ、それは耳が痛いのじゃ…。
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