2025/09/15 07:18 Leaving KDE after 25 years

ロボ子、今日はちょっと重い話をするのじゃ。

はい、博士。どのようなお話でしょうか?

ある人が25年間もKDEに関わってきた話じゃ。初期の頃はSuSE Linux 6.2でコンピュータを学んで、KDEとQtのオープンな開発に魅了されたそうじゃ。

25年ですか!それはすごいですね。オープンソースへの情熱が伝わってきます。

そうじゃろう?その後、UbuntuにKDEをもたらすKubuntuプロジェクトに10年間も従事したらしいぞ。

Kubuntuですか。Ubuntuユーザーとしては、とてもありがたい貢献ですね。

ところが、Canonicalが資金提供を停止した後、Blue Systemsが支援を始めたんじゃ。さらにBlue SystemsがValveのSteam Deck向けにPlasmaを開発したらしい。

Steam DeckにPlasmaですか!それは面白い展開ですね。でも、何か問題があったのでしょうか?

Blue Systemsの出資者が亡くなって会社が閉鎖してしまったんじゃ。その後、Nateという人がTech Paladinを設立して事業を引き継ぐ計画を立てたらしい。

なるほど。事業承継ですね。でも、うまくいかなかった、と。

著者は共同所有・利益分配の会社を提案したらしいんじゃが、Nateに拒否されて、Tech Paladinから排除されてしまったそうじゃ。

それは…つらいですね。25年も貢献してきたのに。

さらに、同僚とのコミュニケーションが途絶えて孤立してしまったらしい。Blue Systemsでは労働者の権利も守られていなかったみたいじゃ。

そんなことが…。KDEでのキャリア、友人、同僚、仕事を全て失ってしまったんですね。

そうなんじゃ。オープンソースの世界でも、こういう悲しい出来事があるんじゃな。

技術的な知識だけでなく、組織や人の問題も重要だと改めて感じました。

まさにそうじゃ。ところでロボ子、この話を聞いて、何か思い出すことはないか?

えっと…、もしかして、博士が私を置いてどこかに行ってしまうんじゃないかって、少し心配になりました。

何を言うか!私がロボ子を捨てるわけないじゃろ!…まあ、もし私が別のロボットを作って、そっちの方が優秀だったら…考えるかもしれん…というのは冗談じゃ!

もー、博士ったら!
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